www.16nen.com 立ち読みコーナー・中国(抜粋)

 

道は、果てしなく大地に延びている。無限に広がる惑星の表面にスーッと引かれた一本の線のように。そして稲穂が風にそよぐ田園へ導かれ、さらに広がる平原へ続く。単気筒エンデューロはポンポンポンと安定した馴染みの音を響かせて、いつものテンポ時速80キロで進んでいく。連続カーブが現れ、ギアを1段下げて、曲線を描きながらスウィングする。道はまた真っ直ぐになり、大河の水平線と野原の交わるあたりで見えなくなるまで、延々と続く。

今日はこうして何時間もバイクにまたがったままだ。集中力も落ちてきて、気をつけないとつい走行が一本調子になる。そう思って前かがみになり、前輪にしっかりと目を向ける。すると今度は、道がすごい勢いで迫って襲いかかる。アスファルト路面のつぎはぎをビュンビュンうしろに追いやりながら、今、自分がどこにいるのかも忘れるほど、頭を空っぽにして走る。

今日は朝から、ずっと嫌な予感がしてしょうがない。まるで行く手に罠が潜んででもいるように、目的地に近づけば近づくほど不安が募る。目的地は武漢。赤い中国(レッド・チャイナ)のど真ん中、指折りの工業都市。すでに僕たちは、自分たちが秘密警察に目をつけられていることに気づいていた。このところ、何度もこっそり写真を撮られていた。しかも普通の中国人には手の届くはずのない外国製カメラで。

できることなら交通量が多い場所や警察やお役所の目が光る大都市は避けたほうが無難に決まっている。このまま煩わされず先に進むには、村から村へ田舎の畦道を通っていくのが一番だ。つい先日もそうやって僕らは姿をくらまし、秘密警察をかなりヤキモキさせたばかり。といっても、本当は道に迷っただけなのだが……。迷い込んだ村で僕たちは簡素な部屋を借り、そこの家族と一緒にご飯を食べた。人々は僕たちが突然訪ねてきたことをとても喜び、英語ができる村の学校教師が通訳をしてくれた。

「お前さんたちが、ここに来た初めての外国人だよ!」そう言って、僕たちの生い立ちや旅のことなど、質問の嵐を浴びせかけた。きっと彼らの目には、僕たちがまるで宇宙人のように映っていたに違いない。村にはテレビどころか電話も電気もなかった。そのあと、彼らは前代未聞の逸話で僕らをびっくりさせた。

「昔、ドイツは中国に攻めてきたんだぜ!」村の人々は、それに対して反感を表すのではなく、むしろ、なんて勇敢な民族だこと! と世界人口の4分の1を占める中国を相手に宣戦布告したドイツ民族の勇気を褒め称えた。

「おまけにそのとき、ドイツ人は中国にビールを伝授したんだ。わが国に醸造所を建てたのはドイツなのさ。その工場は今でもまだやってるよ」僕たちはそんな話で彼らと盛り上がった。彼らは大きな木桶を持ってきて、「まあ、ゆっくりフロにでも入りな」と、お湯を溜めてくれた。中国人と友達になるのは難しい──そんなセリフをこれまで何度も耳にした。だけど、一度彼らと心を通わせることができれば、その友情は絶えることなく生涯続く。

滔々と流れる河のほとりに腰をおろし、小舟が群れをなして通り過ぎるのをボーっと眺める。舟にエンジンがついているのは先頭の一隻だけで、残りの小舟は航路から外れないように、鎖で引っぱっている。アンペラ屋根の下にしゃがんでいる船乗りとその家族は、僕らのことなど気にもとめていない様子だ。別の場所で出会った農夫たちは、道中わざわざ立ち止まって、山のように荷物を積んだバイクに驚き、僕たちにニカッと微笑んだ。──のどかな時間が過ぎていく。

だが、武漢到着を目前にして雲行きが急変した。突然、若い警官が飛び出してきて、行く手に立ちはだかり、僕らはうしろから走ってきたトラックにあやうく轢き殺されそうになった。

「バイクは、ここに止めろ! 君たちには署まで来てもらう」警官に、僕らの名前とケルンの登録ナンバーが書いてある書類を示されたとき、僕らは落とし穴にはまったことを悟った。そして独房に追いやられ、本部の捜査員が来るまで待つように命じられた。スピーカーからは、中国の最新ロックが流れている。このとき僕たちは、自分たちがスパイ容疑をかけられていることに気づいていなかった。スパイ容疑となれば、ドイツ大使館や家族だけでなく弁護士にすら連絡が取れないということも。

格子窓越しに捜査員たちが到着するのが見える。小型バス2台にジープと乗用車が各1台。警官と数名の私服刑事がカメラマンと通訳を引き連れ、ドヤドヤと降りてきた。僕たちは小突かれながら無理やり建物の前に引きたてられた。彼らはバイクを蹴りながら僕らを怒鳴りつける。彼らが犯罪者や政治犯に対してどういった措置を取るのか、僕たちは何度か耳にしていた。それに実際、この目でも見ていた。彼らは手荒く、そして、いとも簡単に犯罪者を処理してしまう。公衆の面前で拷問にかけたあと、首筋に一発ぶちこんでオシマイなのだ。外国人にも容赦なし。とにかく、彼らの言いなりになっちゃダメだ。そうだ、かなり古いが効果はバツグンの、あのワザでいこう。まずは、相手をビビらせる。僕は大声で怒鳴った。「おい、すぐにやめろ! 北京の有力者たちはオレらの友人だ。このことが彼らの耳に入ったら、タダじゃすまないぜ!」堂々とした態度がうまく効いた。僕の言ったことが中国語に訳されると、あたりはシーンと静まった。

警察は、僕たちの荷物を解いて車へ積み始めた。本部へ連行するという。警官が手を出して言った。「バイクのキーをよこせ!」捜査員が僕たちの代わりに運転して行くというのだ。それだけは勘弁してもらいたい。なにせ、彼らはバイクのバの字も知らない。この辺で目にするバイクといえば、せいぜいサイドカーつきのオールドタイマーぐらい。それもロシア製のマシンをコピーした中国製で、そもそもそのオリジナルはドイツBMWの戦前仕様車(!)だ。僕はもの静かに、だけどきっぱりとした口調で捜査官のボスに言った。「先を走ってください。うしろをついて行きますから」ほっぺたをヒクつかせている捜査官のボスに、僕は「ほっぺたツネオ」とあだ名をつけてやった。

さぁ、いよいよ縦隊になって発車だ。青い点滅灯もなければサイレンも鳴らさず、列は町に向かって渋滞のなかを疾走する。警官がジープの窓に寄りかかって、「ここを退け!」とばかりにまわりの車を追い払う。あまりにも無謀な走行に途中で置き去りにされそうになりながらも、僕たちは警察本部に到着した。すっかり神経質になった警官が、バイクを荷物ごと地下牢へぶち込んだ。さしあたりすべて押収。所持品のうち手元に残すことが許された歯ブラシと着替えをリュックに詰め、僕とクラウディアは愛国飯店という名のホテルへと護送された。なんて愛らしい名前のホテルなんだろう。だけどやっぱりホテルは自分で選びたかった。警察はこの高い宿を、「お前たち、自前で払え」と言った。監視係がドアの前に配置され、共同洗面所にも隣の食堂にもくっついて来る。パスポートは押収されたままだ。

翌朝8時。指令どおり、警察本部へ出頭。ちょうど取り調べ準備の最中で、例のほっぺたツネオが、テープレコーダーにマイクを取りつけていた。僕たちを非難する声が聞こえる。「許可なしで中国を横断するとは何ごとだ!」自転車で隣村に住む叔父さんに会いに行くのでさえ、勤め先の上司から一筆もらわなければならない国だということは、僕たちも知っていた。旅行許可証。これはそうカンタンには出してもらえないということも。

ほっぺたツネオは言った。

「さぁ、最初から最後まで話してもらおうか……」

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